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2020年1月講義『西行』

更新日:2021年1月11日

第13回 2020年1月16日(木)

対象作品:「西行」(新潮社刊「小林秀雄全作品」第14集所収)

 今月は「無常という事」シリーズの第5回で、「西行」を読みました。この作品は昭和17年(1942)8月、小林氏40歳の年に書かれました。

 西行は、平安末期から鎌倉初期にかけて生きた歌人です。歌集に「山家集」があり、最晩年に詠んだ「願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」は特によく知られていますが、同時代に編まれた勅撰集「新古今和歌集」には、全収録歌約2000首のなかで最も多い94首が採られているという大歌人です。

 しかし小林氏は、西行に「新古今集」の大歌人の顔ではなく、空前と言ってよい内省家の顔を見ていきます。西行にはまず自分の心に疼(うず)きがあり、その疼きの内省がそのまま放胆な歌となって現れた、いかにして歌を作ろうかという悩みに身も細る想いをしていた当時の歌壇に、いかにして己れを知ろうかというほとんど歌にもならぬ悩みを提げて西行は登場したのだと言って、西行の心の疼きを繊細に感じ取っていきます。

 ――西行には心の裡で独り耐えていたものがあったのだ。彼は不安なのではない、我慢しているのだ。何をじっと我慢していたからこそ、こういう歌が出来上ったのか、そこに想いを致さねば、「捨てたれど隠れて住まぬ人になれば 猶(なお)世にあるに似たるなりけり」の調べはわからない。「世中を捨てて捨てえぬ心地して 都離れぬ我身なりけり」にただ弱々しい感傷を読んでいるようでは「心のあり顔」とはどんな顔だかわかるまいし、人々の誤解によっていよいよ強くなるとでも言いたげな作者の自信も読みとれまい。……

 こうして小林氏に導かれて読んでいくうち、西行が私たちのすぐそばに来ている気がしてきます、願わくは西行のごとく我れ生きん、という思いが強く湧いてきます。

講師 池田雅延

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